HOME > REVIEWS > EXHIBITION
> 宇川直宏展 FINAL MEDIA THERAPIST @DOMMUNE 練馬区立美術館 2023.9.10 – 11.5
EXHIBITION

宇川直宏展 FINAL MEDIA THERAPIST @DOMMUNE
練馬区立美術館
2023.9.10 – 11.5

Written by 四方幸子|2024.2.7

宇川直宏展 FINAL MEDIA THERAPIST @DOMMUNE 練馬区立美術館エントランス、photo by Keizo Kioku

 

ドープと観想:フィードバック・スパイラル、そしてDOMMUNEの網

 

2010年のDOMMUNE開設以来、DOMMUNEと生活がほぼ一体化する様態で活動を展開する「現 “在”美術家」宇川直宏。膨大な情報を次々とプロセスし発信しつづける宇川は、連日幾度もドーパミンが放出されるエクストリームな心身状態(ドープ)の只中にいると思われる。ファインアート、前衛、アンダーグラウンド、サブカルチャーから大衆芸能まで、高度成長時代以降の日本の文化を横断し、自身の言葉でディープに語れる類い稀な存在と言っていい。と同時に宇川は、絶えず変容し更新される世界を俯瞰し、観想的に見渡すまなざしを備えている。

展覧会では、DOMMUNEの膨大なアーカイブを基盤に、とりわけコロナ禍以降の展開と生成AIの時代における創造や作者の問題がライブストリーミングを含め中心的に扱われた。来場者は、現場でのドキュメンタリー、データ蓄積、そしてAIによる新たな映像生成がリアルタイムで生起するというDOMMUNEならではのライブ性を、自身もその一部として体験することになる。宇川は、この現在形の実験へと至る背景として展覧会の前半を位置づけ、過去のDOMMUNE素材を前世紀の通信・映像メディア機器をハッキングすることで、いわばDOMMUNE+メディア史として提示した。

 

第∞章 「NO BREATH Chapter3 / NERIMA EDITION 2003-2023」宇川直宏、第∞章 「DOMMUNE|DJ JOHN CAGE & THE 1000 WORLD WIDE DJS / with out JOHN CAGE」宇川直宏 ⒸUKAWA NAOHIRO 2014 | 2023、courtesy of ANOMALY、photo by Keizo Kioku

 

第1章  「FILLER TUBE 3RADIOS」宇川直宏 ⒸUKAWA NAOHIRO 2023、courtesy of ANOMALY、photo by Keizo Kioku

 

第2章 「アレハンドロ・ホドロフスキーの真空管説法」宇川直宏 collaborate with カイライバンチ ⒸUKAWA NAOHIRO KAIRAI-BUNCH 2023、courtesy of ANOMALY、協力:伊藤篤宏(OPTORON)、photo by Keizo Kioku

 

まず、各部屋を各章として構成された展覧会を俯瞰する。イントロ的な第1章、第∞章(2F)では、前者で宇川へのインタビューが、後者で過去の2作品(本展バージョン)がノイズをめぐって対比的に紹介された。具体的には、喋りにおけるフィラー音(「ええと…」など間合いの音)の除去や膨大なDJ音の集積によるホワイトノイズ化で、いずれも一種暴力的(かつ遊び心に満ちた)情報の操作や転送が起こす異化作用やそこで体感されるアンビヴァレンス(ノイズと秩序、快と不快感)が扱われている。

 

第3章 「BRAUN TUBE HACKING」宇川直宏 collaborate with VELTZ ⒸUKAWA NAOHIRO 2023、 courtesy of ANOMALY、第4章「BRAUN TUBE VELTZ」宇川直宏 collaborate with REALROCKDESIGN ⒸUKAWA NAOHIRO REALROCKDESIGN 2023、courtesy of ANOMALY、協力:株式会社映像センター、photo by Keizo Kioku

 

第5章 「Consumer Electronics VS Alternative YouTuber」宇川直宏 & DOMMUNE|DOMMUNE ULTRA ARCHIVES Re-Edit 高橋大斗(DOMMUNE)ⒸUKAWA NAOHIRO DOMMUNE 2023、courtesy of ANOMALY、photo by Keizo Kioku

 

3F(メイン会場)の第1章から第5章は、前述したDOMMUNEアーカイブによる20世紀初頭以降の通信・映像メディア史が、時系列に真空管ラジオやTV、ブラウン管TV、液晶TVなどの機材とともに綴られる。そこで駆使されるノイズ、ストリーミングアーカイヴ・ハッキング、VJパフォーマンスをストリーミングしスイッチングするなどの介入は、いずれも異質のメディウムの接合であり、「アナログなカオスモスの可能性」(宇川)の追求であるだろう(ここでもフィラー音をめぐる実験がなされている)。

そして第6章がストリーミングロボットを配備した無人サテライトスタジオで、来場者を取り込みながらオリジナルの生成AIが「空間絵画」(宇川)をリアルタイムで生成しつづけている。

 

第6章 「ジェネレーティヴAI とロボットアームによる空間絵画システム」宇川直宏 with BRDG & IKEGAMI ⒸUKAWA NAOHIRO BRDG IKEGAMI 2023、courtesy of ANOMALY、photo by Toshio Ohno(L management)「WIRED」JAPAN VOL.38

 

第7章 「RIP EX TV|MASSIVE RESPECT TO 上岡龍太郎」宇川直宏  ⒸUKAWA NAOHIRO 2023、courtesy of ANOMALY、photo by Keizo Kioku

 

第8章 「POST PANDEMIC THEATER」宇川直宏 ⒸUKAWA NAOHIRO 2023、courtesy of ANOMALY 、photo by Keizo Kioku

 

第7章から第9章は、コロナ禍の中DOMMUNEや宇川が試行錯誤する中で生み出された活動や想いとともに、メディアの盛衰や異なるメディアの連携可能性に加え、人との多様な親密性や身体的体験が浮上している(2023年逝去した上岡龍太郎へのオマージュでもあるZ世代の2人の女性がディープキスする映像、DOMMUNEアーカイブ、さどの島銀河芸術祭を機に日本に留まることになったテリー・ライリー)。

 

SPECIALワークショップ「DOMMUNE DRAWING TV」Chapter 4~ドミューンを描こう! GUEST MODEL:山川冬樹 @練馬区立美術館 ⒸUKAWA NAOHIRO FUYUKI YAMAKAWA  2023、courtesy of ANOMALY、photo by Keizo Kioku

 

第11章「DOMMUNE Generated GENERATIVE AI 2023」宇川直宏 ⒸUKAWA NAOHIRO 2023、courtesy of ANOMALY、photo by Keizo Kioku

 

第11章「DOMMUNE Generated GENERATIVE HUMAN 2023」宇川直宏 ⒸUKAWA NAOHIRO 2023、courtesy of ANOMALY、photo by Keizo Kioku

 

その上で、本展の真骨頂である生成AIをめぐってライブで展開される最後の2章に到達する(第10章「人間が描くDOMMUNE、そしてリアルタイム生成AIが描きなおすDOMMUNE」、第11章「生成AIが描くDOMMUNE、そして生身の人間が描きなおすDOMMUNE」)。前者ではオリジナルの絵画生成AIフローを構築し、DOMMUNEでそれぞれゲストを招いた4つのライブストリーミング番組で、参加者が描いた絵をそのまま生成AIに鑑賞させることで、新たな絵画が生成しつづける。それと対を成す後者では、約30万語もの宇川のテキストを学習したAIに、DOMMUNEのアーカイブから映像を生成させ、それらを生身の人間が毎日会場で描き直していく(会期中、展示として追加されていく)。

生成AIの登場が、人間が介在しない、膨大なデータベースやアルゴリズムを基盤とした映像や絵画を生み出しつづけている状況を、宇川は今世紀の映像や作家像の変容と見なし、本展を未知の実験の突端へと開いた。それは映像クリエイターとしての活動から、ライブによる共同創造と蓄積し続けるアーカイブメディアDOMMUNEへとシフトした宇川にとって必然的な流れだろう。作家性からの逸脱、人間を超えたシステムによる創造…未だ見ぬものへの畏怖と興味の根底には、筋金入りのインディペンデントかつオルターナティブな批評精神が息づいている。

生成AIによって新たな映像が生成され、それを人間が描く…偶然性や誤作動、誤認を取り込みながら、このプロセスは原則的に延々と継続されうる。またこれらがDOMMUNEのアーカイブに加わることもありうる。それだけではない。いずれはDOMMUNEアーカイブをもとにAIがコンテンツを生成し配信したり、宇川のMCがリアルタイムで生成されたり、複数の出演者データからハイブリッドな出演者を生成することさえ可能だろう。宇川はそのような未来を見据えつつ、そこからの逸脱を企てているのではないか。

1948年にノーバート・ウィーナーが『サイバネティックス―動物と機械における制御と通信』で提起した「フィードバック」という再帰的な制御システムは、現在デジタルへと延長され、アルゴリズムを介してますます高度化し、私たちの日常を支配している。そのような中、本展で宇川は、AIを使いながら生成物を特定の意味や機能へと収斂させることなく、ナンセンスで遊びに満ちた放逸へと開いた。フィードバックの閉鎖性に介入し、偶発性の誘発とそれらの連鎖や派生を選んだのである。

哲学者のユク・ホイは、『再帰性と偶然性』(原著:2019)において「サイバネティクスの持つ相対的で決定論的な考え方に陥りがちな傾向を掘り崩すことで、サイバネティクスの新たな展望をいかに捉えるか」と述べ、近代西洋を基盤に確立されたテクノロジー普遍主義を「技術多様性(テクノダイバーシティ)」に開く、つまり「諸々のテクノロジーを多様な宇宙的実在の内に状況づけ直す」ことを提唱している。宇川は、直観的にテクノロジーの異化やデータの予想外の展開を呼び込む未知の領域を感知しているのではないか(シャーマンのように)。

冒頭で、宇川がドープと観想の両面を持つと述べた。そしてそれらは、無限循環を成している(展覧会の章の一つの「∞」のように)。このことを顕著にあらわしているのが本展のキービジュアルで、グリーンのクロマキーを背景に、帽子とマスクをつけた宇川とカメラを搭載したストリーミングロボットが対面している(ナムジュン・パイクの《TVブッダ》のオマージュでもある)。人間とマシン、垂直と水平性の対比の中、宇川はさりげに親指と人差し指の先を合わせチンムドラ(個と宇宙をつなぐ意味を持つ)を組んでいる。

左右に円を形成することで、宇川の身体は全体で∞の循環を成している。宇川が見るカメラのレンズには、そこに映る自身が反映しているはずである。対してロボットは、宇川の顔の映像(と宇川の目に映るレンズ、そしてそこに映る宇川…可視化されないが、無限の入れ子状態にある)をリアルタイムで出力しながらデータベースに格納し、生成AIのリソースとするだろう。

ロボットの「目」の背後には、DOMMUNEの13年にわたる膨大なデータに加え、会期中に撮影されたデータベースとそれを処理するアルゴリズムが横たわっている。宇川の心身に刻み込まれた膨大なデータや記憶と、コンピュータやHDに蓄積された膨大なデータを対峙させつつ、両者の接続(異化的接続)を実現することで、制御に収斂しきらない、予想外の生成が新たな生成を生みつづける、開かれた∞の「フィードバック・スパイラル」(ループではなく)を稼働させる実験として本展を捉えることができないか。

中国の宇宙技芸を「技術多様性」の一つとして提起するホイを敷衍して述べるなら、宇川においては近代以降のテクノロジーの普遍性を異化しつつ、それ以前の日本の技術や文化の深層を読み取ることで、ドープと観想を織り交ぜた動きがなされている。それを、宇川から漏れ出た日本ならではの「技術多様性」と見なすことができるだろう。

 

最後に、DOMMUNE自体を、現代における「インドラの網」的な世界として提起してみたい。

帝釈天(インドラ)の宮殿を覆うとされる網の無数の結び目は、宝の珠(たま)でできており、それぞれが他の珠を映し出し、互いに反映しつづけることで無限の入れ子状の世界となるという。DOMMUNEにおいては、珠や表面の反映というモデルではなく、有象無象の(アナログ、デジタル両方の)データが絡まり合って動的なネットワークを形成し、増殖し続けるイメージである。そのようなデータの生態系を「DOMMUNEの網」と呼んでみる…すると背後で、柔和な顔の宇川がマスク越しに笑みを浮かべた。そのような気がした。

 

 *余談だが、展覧会タイトルの「FINAL MEDIA THERAPIST」は、「FINAL MEDIA THE RAPIST」と読み換えられる。宇川はかつて「メディア・レイピスト」と名乗っていたが(ハッキングや異化的な意味を込めて)、メディアの異化と治癒は、根底においてつながるはずである。

 

 

INFORMATION

宇川直宏展 FINAL MEDIA THERAPIST @DOMMUNE

会期:2023年9月10日~11月5日
主催:練馬区立美術館(公益財団法人練馬区文化振興協会)、DOMMUNE株式会社
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【ライフウィズアート助成】
協力:Rhizomatiks、ANOMALY 、池上通信機株式会社、株式会社プリズム、AlphaTheta、株式会社Pioneer DJ、株式会社七彩、BRDG、VELTZ、カイライバンチ、REALROCKDESIGN、映像センターC.E、PHINGERIN、LAD MUSICIAN

WRITER PROFILE

アバター画像
四方幸子 Yukiko Shikata

キュレーター/批評家。美術評論家連盟会長。「対話と創造の森」アーティスティックディレクター。多摩美術大学・東京造形大学客員教授、武蔵野美術大学・情報科学芸術大学院大学(IAMAS)・國學院大学大学院非常勤講師。「情報フロー」というアプローチから諸領域を横断する活動を展開。1990年代よりキヤノン・アートラボ(1990-2001)、森美術館(2002-04)、NTT ICC(2004-10)と並行し、インディペンデントで先進的な展覧会やプロジェクトを多く実現。国内外の審査員を歴任。共著多数、2023年『エコゾフィック・アートー自然・精神・社会をつなぐアート論』刊行。yukikoshikata.com

関連タグ

ページトップへ